24 August

呼吸管理における肺機能モニター

要約
肺機能モニターは呼吸メカニクスを監視する技術である。呼吸メカニクスという用語は基本的に呼吸器系における各種の「抵抗」を評価するための概念である。抵抗の変化は画像診断や血液検査では把握しにくい肺の状態をより直接的に表現し,これらのデータを連続的にモニターできれば現在進行中の病状を定量的に把握できるため,補助呼吸の必要度評価や人工呼吸器からの離脱の際に有用な情報を提供する。
肺機能モニターは画像診断に比べて直感的具体性に乏しく抽象的な指標が多いが、人工呼吸器の発達により容易に肺機能の定量的評価が可能であり,加えてモニター機器のグラフィック機能の充実で直感的な判断も可能な点で機能診断における血液・画像検査の限界を補完する重要な技術である。
ここでは主にメカニクス関連モニターと呼気炭酸ガスモニターについて述べる。呼吸管理中の肺機能モニターは呼吸メカニクス(Respiratory Mechanics)の解釈を介して行われるが,人工呼吸中は患者と人工呼吸器が一つの呼吸システムを形成しているため呼吸生理学の教科書でいうそれとは若干異なる。肺機能モニターは一回の絶対値よりも経時的データの収集が重要である。データの解釈には呼吸生理学的な基礎知識が必須だが,呼吸管理中の肺機能モニタリングが特殊な技術であった時代は終わり,より一般的な医療環境で積極的に応用される時代が訪れている。

短縮表題:呼吸管理と肺機能モニター
キーワード:呼吸管理・肺機能モニター・人工呼吸・一回呼出炭酸ガスモニター
掲載欄:解説(臨床)
テーマ:呼吸管理における肺機能モニター
専門度または難易度:A〜B


岩手医科大学医学部内科学第三講座
Third Department of Internal Medicine, Iwate Medical University, School of Medicine.
講師
櫻井 滋
Shigeru Sakurai

はじめに
肺機能モニターは呼吸メカニクスを連続的に監視する医療技術である。メカニクスは呼吸器系における各種の「抵抗」を間接あるいは直接的に評価するための概念である。ただし、人工呼吸中の患者と人工呼吸器は呼吸回路により一つの呼吸システムを形成しているため,呼吸生理学の教科書でいうメカニクスとは少し異なる。抵抗は弾性抵抗(elastic resistance = compliance)とそれ以外が区別され(表 1),患者の呼吸システムが示す機械的特性(メカニクス)を表している。生体はこの機械的特性すなわち抵抗に抗して,呼吸筋により呼吸システムを動作させ,換気し,ガスを交換している。
呼吸筋機能を初めとする患者の換気予備能力は自発呼吸中の一回換気量(VT)や呼吸数(f)といった指標,肺活量(VC)や最大吸気陰圧(maximum inspiratory pressure : MIP)の測定により評価できる。
これらのデータを連続的にモニターできれば,肺や気道に生じている現在進行中の病状を定量的に把握でき,補助呼吸の必要度評価や人工呼吸器からの離脱の際の有用な情報を提供する。
肺機能モニター技術が臨床の場で十分に活用されるためには,その方法が必要最小限の測定精度と測定値の再現性を有すると同時に,侵襲性が低く簡便な必要がある。ここでは近年,人工呼吸器の標準的装備品となりつつあるメカニクス関連モニターと呼気炭酸ガスモニターについて述べる。

表 1
抵抗の種類


従来型の人工呼吸器では呼吸回路の内圧を表示する簡易なマノメーターを装備する程度であり,初期には呼気ガスをベロー内に集めて換気量を測定するものを備える程度であった。一方,今日の人工呼吸器はマイクロプロセッサを内蔵し高性能な圧力・流量・ガス濃度などの精密なセンサーを装備する。ここではこれらモニタリング機器を装備した現代的なベンチレーターの使用を前提に呼吸メカニクスモニターに関する事項を中心に可能なかぎり平易に解説する事を目的とする。

コンプライアンスと抵抗(ComplianceとResistance)
患者と人工呼吸器を一つの呼吸システム(patient-ventilator system)として考えると,システムコンプライアンス(system compliance)と吸気抵抗(inspiratory resistance)の推定は肺疾患の定量的評価のために重要である。システムコンプライアンスは加えた圧力に対する人工呼吸器回路と肺胸郭総体の「膨らみやすさ」,吸気抵抗は「吸入気の流れに対する抵抗」を表現する概念である。従って,人工呼吸中はすべての患者においてコンプライアンスと抵抗を測定すべきである。ただし,吸気抵抗はシステムのおおよその抵抗を表現するに過ぎず気管内チューブや呼吸回路などの人工気道が大きく影響するため,加えた治療に対する効果を評価する際には後に述べる呼気抵抗(expiratory resistanece)がより有用である。
人工呼吸中の患者が呼吸努力を全く行っていない場合,人工呼吸器の換気量表示と気道内圧表示の読みから,おおまかなコンプライアンスを推定することができる。患者の呼吸努力が存在しない状態とは,鎮静薬と筋弛緩薬により全身麻酔状態で完全調節呼吸が行われている場合が典型的である。しかし,患者が人工呼吸器に完全に適応している状態は完全筋弛緩状態ではなくともコンプライアンスの推定は可能である。もちろん,このような方法で得られた値は通常の肺機能検査によって得られる結果とは必ずしも一致しないが,同一患者における経時的な測定値の変化は弾性抵抗(elastic resistance)と非弾性抵抗(non-elastic resistance)の変化をよく表現する。抵抗の総和はインピーダンスという用語で表現され,概念的には電気回路のそれと同じである。同一条件で調節呼吸が行われている際には人工呼吸器の回路内圧波形の各部分は以下の抵抗変化を反映する。ここで,プラトー圧は最大肺胞内圧を反映するもの仮定すると以下の1〜3それぞれの抵抗変化が圧波形に影響する。

1) 吸気最大気道内圧
(peak inspiratory pressure ;PIP)⇒システムインピーダンス(弾性+粘性+慣性抵抗)
2) プラトー圧
(plateau pressure ;Pplat)⇒システムコンプライアンス(弾性抵抗)
3) PIP ―プラトー圧 ⇒システムレジスタンス(粘性抵抗)

実効コンプライアンスの測定(Effective static compliance)
 人工呼吸中のコンプライアンスは体外から加えた圧力により,どの程度肺・胸郭が膨らむかを示す指標であるから測定には実効一回換気量(呼気一回呼気量)と吸気終末に回路内の気流が一瞬,停止した状態における気道内圧またはプラトー圧を読み取る必要がある。得られた値を実効コンプライアンス(effective static compliance)と呼ぶ。ベンチレーターによっては吸気終末に回路を閉鎖し換気を停止できる「ホールド(inspiratory-hold)機能」を備える機種があり測定に便利である。なお,PEEPを付加している場合には次のように吸気プラトー圧から設定PEEP圧を差し引く必要がある。

実効コンプライアンス=実効一回換気量/(プラトー圧―PEEP)

肺の病状以外にコンプライアンスを変化させる要因がないと仮定すれば,得られた実効コンプライアンス値により肺に生じている病態を定量的に評価する事ができる。正常者の総胸郭コンプライアンスは60〜100 ml/cmH2O68とされ,低下がみられれば胸郭自体の拘束性病態および換気されている肺葉・肺区域の減少を表現する。前者は広範な熱傷瘢痕など,後者では肺葉切除・気管支挿管・気胸・無気肺・肺水腫などが考えられる。ARDSなど重篤な肺障害では病状の改善に呼応してコンプライアンス値の上昇(正常化)が観察される。

ダイナミックコンプライアンス(Effective Dynamic Compliance;Cdyn)
ダイナミックコンプライアンスは人工呼吸器から供給された気量(設定一回換気量)を最大気道内圧(peak inspiratory pressure;PIP)で除した値である。この場合も設定PEEP圧をPIPから差し引く必要がある。

ダイナミックコンプライアンス=一回換気量/(PIP―PEEP)

圧―量曲線(pressure-volume curve;P-V曲線)が表示可能な場合には気流の停止している2点,すなわち吸気の開始点と呼気の開始点を結ぶ直線の傾きがCdynを表現する(図1)。図では直線CがX軸に近づくほどCdynが低いことになる。その際,PEEPおよび内因性PEEPを考慮して評価する。
図 1 図中の気流の無い2点を結ぶ線の傾きがCdynを表す
気道内圧(airway pressure:単位cmH2O)と気流速(フローairflow:単位L/sec)のトレース(pressure-flow curve;P-F曲線)からは簡易的に気道抵抗を推定する事ができる。気道抵抗は気道内に1L/secの気流を生じるために必要なその時の駆動圧であり,圧力をフローで除した値でcmH2O/L/secで表現される。理論的には吸気および呼気の各抵抗が別個に存在するが,実際的には肺胞内圧の推定が困難であるため,人工呼吸中の推定は呼気開始時の気道内圧を呼気時の最大流速で除した値を用いる。

正常者の有効ダイナミックコンプライアンスは流量50〜80 L/min の換気条件で50〜80 ml/cmH2Oとされ,これには肺・胸郭のコンプライアンス以外に気道抵抗(Raw)成分を含んでいるため,数値の低下は肺胸郭の疾患に加えて気道抵抗が上昇する病態を疑う。具体的には気道攣縮・回路の屈曲・分泌物による閉塞などが考えられる。

気道抵抗測定(airway resistance;Raw)
気道内圧(airway pressure:単位cmH2O)と気流速(フローairflow:単位L/sec)のトレース(pressure-flow curve;P-F曲線)からは簡易的に気道抵抗を推定する事ができる。気道抵抗は気道内に1L/secの気流を生じるために必要なその時の駆動圧であり,圧力をフローで除した値でcmH2O/L/secで表現される。理論的には吸気および呼気の各抵抗が別個に存在するが,実際的には肺胞内圧の推定が困難であるため,人工呼吸中の推定は呼気開始時の気道内圧を呼気時の最大流速で除した値を用いる。
図 2 呼気開始時の気道内圧を呼気時の最大流速で除した値を用い,P-F曲線の傾きにあたる。
気道抵抗は後述のP-V曲線や前述のF-V曲線からも推定できる。臨床的には気道攣縮の程度判定や分泌物の貯留状態の監視,気管支拡張薬の効果判定に有用である。

フローおよび気道内圧変化のモニター(Flow and Pressure tracing)
人工呼吸中の気道内圧変化とフローのモニタリングは最も基本的な項目で,
フローと圧変化パターン(図3)の監視によって人工呼吸と自発呼吸の区別や最大呼気流速(peak expiratory flow;PEF)の把握が容易に可能であり,これら瞬時瞬時のフローを積分することにより換気量が得られるためモニタリングに用いる指標も一回換気量(tidal volume;VT),分時換気量(minute ventilation;VE)などが用いられる。人工呼吸器側で設定した換気条件が確実に提供され,適切な換気が維持されているかどうかを監視する事が目的である。また,これらのモニター結果から最高気道内圧(peak inspiratory pressure;PIP),プラトー圧(plateau pressure;PP),呼気終末陽圧(positive end expiratory pressure;PEEP)が得られ,時間経過との関係を表示する事により平均気道内圧(mean airway pressure;MAP),呼吸数(respiratory rate;RRまたはrespiratory frequency;f)や分時換気量も把握できる。

図 3  
陽圧呼吸中および自発呼吸中の気流量変化(上向きが吸気,下向きが呼気)
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(左上:陽圧呼吸中の流量変化,右上:自発呼吸中の流量変化,左下:陽圧呼吸中の圧変化,右下:自発呼吸中の圧変化)
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自発呼吸中の呼吸数は疼痛や発熱など中枢刺激や酸素需要量の増大を表現するとともに,呼吸筋疲労の最も早期の指標として有用である。臨床的には呼吸数をもとに圧補助呼吸(pressure support ventilation;PSV)レベルの調節が行われる。さらには圧―量(P-V)から呼吸仕事量を評価することができる。これらのついては別に解説する。

フローボリウム曲線(flow-volume curve;F-V曲線)
 
図 1 人工呼吸中のフローボリウム曲線は呼気曲線が重要,気管支拡張薬の効果判定に応用できる。
肺機能検査では強制呼出時のF-V曲線が用いられるが,人工呼吸中は経時的に回路内のフローとそれを積分して得られる換気量の関係をディスプレーの同一平面に表示させ(図 2)主に気道の状況を把握するために用いる。陽圧呼吸中の吸気は人工呼吸器の設定に依存するため,設定一回換気量が実際に供給されているかどうかの指標となる。一方,呼気側のF-V曲線には呼吸回路と患者の気道の抵抗が反映され,気道攣縮や回路の屈曲,分泌物による閉塞などによるフローの低下として示される。薬剤の投与前後で観察すれば通常の肺機能検査と同様に気管支拡張薬などの効果判定に用いる事ができる。

内因性PEEPの測定(auto-PEEP,intrinsic-PEEP)
内因性PEEPは見掛上の呼気終了時点においても肺胞に残存する圧力をいい,人為的に加えられるPEEPとは異り,呼気時間が必要とされる条件より短すぎる場合や気道の閉塞性が著しい病態すなわち肺気腫や気管支喘息を有する患者で見られる。
内因性のPEEPは通常の状態では気道内圧計に表示されないため,呼気ホールド機能を用いて回路を閉鎖するか,呼気相の終了直後から次の吸気が開始するまでの短い間に手のひらで呼気回路の出口を閉鎖することにより圧力計に表示させて測定する。内因性のPEEPのレベルは変化するため,測定は定期的に行うのが望ましい。内因性PEEPの把握を怠ると十分呼気がなされずに肺内の圧力が上昇し,圧外傷の発生の発端となったり,胸腔内圧の上昇により循環動態が侵されるなどの状況が生じる。測定はこれらの事態を回避するために有用である。

肺活量・最大分時換気量(Vital Capacity;VC・maximum voluntary ventilation;MVV)
肺活量・最大分時換気量測定は努力依存性であり患者が十分な呼吸努力を行いうる状態で測定する。気管内挿管がなされ,人工呼吸器が装着されている状態では常に呼吸回路の抵抗が付加される事を考慮する必要がある。呼吸回路は回路の最小断面積に依存する抵抗以外にも死腔としての抵抗や吸気・呼気回路それぞれに装着されている弁やガス供給装置の存在が大きく影響する。
従って測定は呼吸回路を挿管チューブからはずし,レスピロメーターを使って行うのが実際的である。肺活量の測定は一方向弁を有するレスピロメーターを装着して患者に深吸気を促し,次にゆっくりと可能なかぎり呼出してもらう。最大努力で呼出した場合は挿管チューブの特性を反映する事になり,必ずしも患者の肺活量を表現しない。最大分時換気量測定は10秒ないし15秒間最大換気させて推定する。さらに,肺活量・最大分時換気量には呼吸中枢や呼吸筋力,患者の体位など多くの要素が関与する可能性があり,諸条件を一定として比較する必要がある。
正常者の肺活量は65〜75 ml/kgとされ,10 ml/kg以上の肺活量があれば人工呼吸器からの離脱(ウイーニング)が可能という報告68があるが予測指標としての信頼性はあまり高くない。健康人の安静時の分時換気量は約6L/分程度であり,ウイーニングしようとする患者では10L/分未満かつMVVの50%以下である必要がある。

呼吸仕事量の推定(Work of Breath;WOB)
機械的な呼吸仕事量は呼吸運動に要する力と運動距離の積である。人工呼吸中の仕事量は肺胸郭の拡張圧と一回換気量の積と表現することができる。実際の測定は胸腔内圧と気道内圧(口腔内圧)の差圧と一回換気量を知る必要がある。
安静呼吸中のWOBは0.5 J/Lあるいは5 J/minであり,(1 Jouleは10 cmH2Oの差圧による1Lの気量の移動に要するエネルギー量にあたる53)人工呼吸からの離脱に成功するためにはWOBが1.0〜1.4 J/Lあるいは10〜16 J/min未満である必要がある70。
WOBの絶対値の算出はやや煩雑であり,実際的には気道内圧と換気量の圧量曲線(pressure-volume curve;P-V曲線)をディスプレー上に表示して作図的に求めることができる(図5,6)。
図 3 
図 4
調節呼吸中のP-V曲線(図3)はPEEPなど呼気終末の基準圧点(図中ではPEEPは0 cmH2Oである。)に始まり,反時計方向に描画されるループを形成する。前述のように,吸気開始から終了までの曲線の傾きはコンプライアンスを表現し,吸気ループと呼気ループのズレ(ヒステリシス;hysteresis)は抵抗成分の存在を表す。自発呼吸時のP-V曲線(図4)は時計軸方向に描画され,WOBはloopの面積にあたる。ただし,これらのP-V曲線には常に呼吸回路の抵抗によるWOBが付加されていので注意を要する。


呼気中CO2濃度の測定と死腔の評価(single breath CO2 monitoring and dead space)
呼気ガスの分析は研究目的には種々行われてきたが,最近頻用されるものに呼気中CO2濃度の測定がある。呼気中CO2濃度は従来カプノグラフとして主にPaCO2の推定に用いられたが,換気血流の不均等が見られる病的な肺ではPaCO2が正確に反映されず,その評価が低かった。さらに,従来の測定方法は呼吸回路の側管から呼気ガスを少量サンプリングして分析することから,実際の呼気相と測定結果の間には一定の時相のズレを伴うことが問題であり,換気との関係を十分に評価できなかった。
最近では呼気ガス中の炭酸ガス濃度をサンプリングせずに即時に測定できる装置と換気力学モニターを機構的に統合することにより,一回呼出二酸化炭素濃度測定(single-breath carbon dioxide measurement;SBCO2)から炭酸ガス産生量のほか死腔や死腔換気率などの臨床的に有用な情報を簡単に得ることができる装置が登場している(図5)。

図 5 流量計と炭酸ガスセンサーを一体化,小型化した測定部
SBCO2の測定はフローセンサとメインストリーム型の小型炭酸ガスセンサー(main stream type CO2 sensor)の開発により可能となった技術である(図8)。メインストリーム型炭酸ガスセンサーとは人工呼吸回路に直列に装着する小型の赤外線吸光度測定による炭酸ガス濃度測定方式で,反応速度が迅速であるため,同時にモニターされる流量情報に対して時間遅れが少なく精度の高い同時解析が可能である。

図 6 一回呼出CO2濃度―呼出量曲線の三相
 
図 7 一回呼出CO2濃度―呼出量曲線から得られる

死腔(dead space)
SBCO2呼気量曲線は図9のように3相が区別され,それぞれ第I相が気道部分の死腔,第II相が気道部分の死腔と肺胞死腔の混合部分,第III相が肺胞部分を表現する。動脈血ガス分析で得られるPaCO2と呼気終末の炭酸ガス濃度の差は肺胞死腔の増加を反映し,図7中のYの面積が肺胞死腔にあたる。
肺梗塞やショックなどにより肺血管の還流量が減少すると炭酸ガスの洗い出し量が減少し,Yの部分が増加することになり即時に病態が把握できる。同様の病態は広範な無気肺やARDSでも見られることから,治療による肺胞死腔の減少が具体的に把握できる点で有用である。

おわりに
肺機能モニターは画像診断に比べて映像としての具体性に乏しく概念的なものが多いが近年のマイクロプロセッサー付きのベンチレーターの発達やモニター機器のグラフィック機能の充実により直感的な判断さえ可能となりつつある。これらのデータの解釈には呼吸生理学的な基礎知識が必須であることには変りがないが,呼吸管理中の肺機能モニタリングが一部の麻酔科医や集中治療医の技術であった時代は既に終わりを告げ,呼吸器科臨床を始めとする,より一般的な医療環境で積極的に応用される時代が既に訪れている。今後は,非侵襲人工呼吸中の肺機能モニター技術など,より使いやすいモニター機器の開発が望まれる。



16:02:16 | silentsleep | 85 comments | TrackBacks

11 August

臨床医に必要な生理検査の役割(基礎から応用まで)

はじめに
 呼吸とその機能検査を十分に理解するには、上気道から肺胞に至る呼吸器の解剖学的構造を理解するとともに呼吸中枢から呼吸筋群へのいわば命令系統と末梢感覚受容器から中枢への情報系統やガスの拡散や循環、組織呼吸に至るまで非常に多くの項目の理解が求められる。しかし、ここでは臨床において頻繁に要求される事項を中心に、基本的な理解を助けることを目的として述べることとする。
 肺機能検査の特性 
 呼吸機能検査は云うまでもなく生理機能検査の一部である。その最も特徴とするところはほとんどの検査項目で被験者の全面的協力が前提となることである。したがって血液検査等の検体検査や画像診断としっかりと区別して考える必要がある。得られた結果を解釈する際にも、検査が適切に行なわれたかどうかを慎重に判断することが求められ、患者に対する不必要な負担を避けるためにも、検査項目を慎重に選ぶ ことが臨床的に重要である。

肺機能検査の分類 
 通常、肺(呼吸)機能検査には表に示す項目が含まれる。呼吸器科医は全ての項目について理解しておく必要があり、太字の項目については自ら測定あるいは指導できることが望ましい。


呼吸機能検査でわかること   
 呼吸は?換気(ventilation)?拡散(diffusion)?循環(circulation)の3つの機能の協調により営まれているので、各機能がどのように営まれているを確認することが病態の解明や治療法の決定につながる。近年では表に示した全ての検査を総合して評価することが呼吸機能検査の趨勢になりつつあるが、一般に肺機能検査という場合には、主に換気と拡散の評価を指す。

換気機能の評価 
 換気に関与する要素は以下の5項目だが、通常最も影響が大きいのは??である。


 各種の抵抗増加は呼吸仕事量の増加を意味し、呼吸困難 の発生につながる。気道抵抗(Raw)増加は閉塞性換気障害を、肺組織抵抗(RLt)や胸郭抵抗(Rrc)は拘束性換気障害を惹起する。従って、気道抵抗や肺組織抵抗を直接測定すれば、より正確な病態評価が可能である。実際にはこれらの測定は必ずしも容易でないため、換気諸量や肺気量を測定してそれぞれの抵抗増加を推定する。

換気諸量(肺気量)測定 
 換気諸量の指標としてスパイログラムの8分画がある。純粋な拘束性障害では全分画が減少傾向を示し、閉塞性障害では残気量が増加する結果として肺活量(呼出可能な気量)が減少する。したがって残気量の評価なしでは真の拘束性障害の評価は困難 である。

 スパイログラムの8分画 

 ◆一般的スパイログラム

 上記のほかに通常は努力肺活量(foced vital capacity FVC)を測定する。FVCはVCと同様の分画であるが、測定時には、最大吸気の後できるだけ速く最大努力で呼出する。このとき得られる最大努力呼気曲線から一秒量(foced expiratory volume in one second FEV1.0)が算出できる。FEV1.0は気道抵抗の上昇、すなわち閉塞性障害を最も再現性良く表現する指標とされている。
残気量の測定 
 残気量あるいは機能的残気量は以下の2法で測定できる。


 平均的検査室で行なわれている方法は?ガス希釈法あるいは窒素洗い出し法である。この方法は交通のある気腔の気量のみを反映するため、肺嚢胞などの大気と交通のない気腔の気量は無視される。これに対し、?体プレチスモグラフ法では原理的に胸郭内の全ての気量を測定できる利点 がある。さらにこの方法では任意の肺気量位における気量を測定できるため、胸郭内気量(Vtg)測定と言いうことができる。

閉塞性換気障害=気道抵抗の上昇 
 気道抵抗(Raw)が上昇する病態では、単位時間内に呼出される気量が制限される。従って、単位時間内の呼出流量(expiratory flow)を測定すれば、間接的に気道抵抗の増大を検出できる。



気流量(flow)の測定 
 気流量を測定する検査法としては以下のものがある。


 ?フローボリウム曲線(またはスパイログラムの強制呼出曲線)では呼出中
の各肺気量位における流量(flow)を測定するため、流量変化曲線のパターンにより、気道抵抗増加の原因となっている部位が推定できる。(?フローボリウム曲線のパターン図)ただし、フローボリウム検査は努力依存性の検査であり、呼吸筋麻痺や被験者の努力不足の場合には正確な評価が困難である。
 ?最大呼気流量測定(ピークフロー測定)は?強制呼出曲線(フローボリウム曲線)における呼気最大流量(PEF peak expiratory flow)にあたる指標を簡便に評価するための指標であり、肺気量と流量の関連や努力度の評価が困難であるが、気管支喘息患者では、概ね気道抵抗の変化を反映する と考えてよい。さらに、簡便である利点を生かし、家庭での頻回・詳細な測定により時系列的な病状把握が可能である。

どんなときに、どの検査を行うべきか 
 以下の表に代表的な臨床病態における呼吸機能検査項目の選択例を示す。スパイログラムやフローボリウム曲線とともに、基本的な検査としてよく用いられる検査は最大換気量測定(MVV)、残気量(肺気量)測定(FRC)と1回呼吸法による一酸化炭素拡散能検査(DLCO)である。DLCOは死腔部分約750ml程度 の呼気ガスを廃棄するため、通常の方法ではVCあるいはFEV1.0が1リットル以下の患者では正確に測定できない。実際の評価はDLCOを肺胞面積で除したDLCO/VAを用いる。近年、VCの少ない対象でも測定できる方法が開発されつつあるがまだ一般的でない。

 臨床病態別 呼吸機能検査項目の選択 


表中の項目に加えて、神経筋疾患や慢性呼吸不全患者では呼吸筋力や換気応答の評価が重要であり、リハビリテーション効果の客観的評価としても有用である。また、肺気腫や間質性肺炎の病態評価には静肺コンプライアンスの測定が有用であるが、肺気量の正確な測定と胸腔内圧の代用としての食道内圧測定が必要であり、残念ながら一般的な検査室ではほとんど行われない 。

予想される結果と解釈 
 ベッドサイドの呼吸機能検査の最終目的は、患者の呼吸機能を客観化して比較を容易にし、病歴や身体所見から推定される病態診断を補強することであるから、検査結果(数値)のみに捕らわれず、患者情報を総合して評価することが最も重要である。

◆閉塞性換気障害
 閉塞性障害は一秒率(FEV1.0%)で規定され、我が国ではFEV1.0%<70%を閉塞性換気障害としている。しかし、一秒率は常に肺活量の影響を受けるため、閉塞性障害の重症度は欧米では一秒量絶対値の予測値に対する割合(%FEV1.0)が主に用いられている。
 閉塞性障害がいかなる原因に基づくかを知るには、フローボリウム曲線の形状の解析が役立つ。特に気道の閉塞部位の推定は基礎疾患の診断に有用である。
 閉塞性障害を呈する病態には以下のようなものがある。


◆ 拘束性換気障害
 拘束性換気障害は肺活量の予測値に対する割合(%VCまたは%FVC)が80%未満と規定されるが、閉塞性障害が高度の場合には見掛け上、%FVCが低値をとるので%VCや一秒率(FEV1.0%)、%RVが正常範囲かどうか確認が必要である。FEV1.0%が正常範囲であれば拘束性障害としてよいが、FEV1.0%の低下が見られれば%RVを確認し、増加していれば閉塞性障害による二次的現象ととらえる。拘束性障害を呈する病態には以下のようなものがある。


フローボリウム曲線のパターン認識 
 図はフローボリウム曲線による鑑別診断のまとめを示している。パターンによる閉塞部位の推定には吸気時のフローボリウム曲線が必須である。特に上気道や胸郭外気道の狭窄では吸気時の流量低下が著しい。

現時点ではベッドサイドで最も有用な指標はFEV1.0またはPEFRである。表3にはFEV1.0またはPEFRによって規定される代表的評価基準を示す。

◆ FEV1.0(またはPEFR)で規定される各種の評価基準 表3


肺機能検査の適応と禁忌 
 呼吸器疾患が疑われる患者はもとより、健康審査を受けようとする人、外科手術を受けようとする人、全てが肺機能検査の対象となる。また、呼吸器疾患の治療効果判定や、治療のためにあえて肺合併症が予想される薬剤(例:ブレオマイシン・アミオダロンなど)を使用している場合も適応になる。
呼吸機能検査は比較的侵襲性が低く、絶対的禁忌は無いといってよいが、急性期にある冠動脈疾患・狭心症・心筋梗塞後・脳血管障害の患者は禁忌である。また、Valsalva’ maneuver(息ごらえをして胸腔内圧を上げる動作) に耐えられない患者や気胸など、悪影響が想定される患者では避けたほうが望ましい。
強制呼出や咳嗽の誘発を前提条件としている呼吸機能検査では、肺結核患者の存在が無視できない。通常の機器保守手順では結核対策は十分とは云えないため、使い捨ての肺機能検査用フィルターなどの装着が望ましい。さらに、検査対象として結核の疑いがあるかどうかの検査前評価が重要であり、検査指示に項目を設けるべきである。一方で疑いがあるからというだけの理由で検査を行わないような事は避けるべきであろう。実際的には、検査室の換気に留意するとともに、検査担当者は被験者の咳嗽が直接かからない風上方向に立ち、自らもマスクを装用することが望ましい。

おわりに 
 呼吸機能検査は臨床医にとって、病歴や身体所見などの基本的情報を裏打ちするためのツールである。全てのツールは使用法を誤れば、全く期待外れの結果が導かれる。医師はもとより検査担当者、さらに看護婦は検査法の原理を十分に理解し基本的なものに関しては自ら測定し、さらに患者に対して適切に説明する義務を負っていることを忘れてはならない。

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説明:睡眠呼吸障害=睡眠に伴う呼吸不全

要約:
○ 睡眠時無呼吸症候群は「呼吸不全」と「睡眠障害」の複合病態である。
○ 生活習慣病と密接に関連し心・脳血管障害や日中の眠気による交通・労働災害を引き起こして生命を脅かすことが明らかになっている。
○ 本症候群の唯一の確定診断法は終夜睡眠ポリグラフィー検査である。簡易検査を本症候群の確定あるいは除外診断に用いるべきではない。
○ 治療の第一選択はnCPAP療法であり、80%の有効率を示す。減量や外科療法、薬物療法はnCPAP療法で病態を改善させつつ行う、第二選択的治療である。
○ 説明と同意にあたっては、まず確定診断の必要性に対する理解を促すべきである。

はじめに
 睡眠時無呼吸症候群 sleep apnea syndrome(通称SAS)の大多数は、睡眠中に生じる上気道の虚脱を契機に、窒息asphyxiaに近似した呼吸障害が頻回に生じる閉塞型無呼吸低呼吸症候群obstructive sleep apnea syndrome(OSAS)である。
 その基本病態は上気道の動的 な狭窄に基づく「呼吸不全」である。換気を維持しようとする患者の無意識の呼吸努力が、結果的に頻回に脳波上の覚醒反応arousalを引き起こす。そのため、一夜に数百回にもおよぶ頻回の瞬間的覚醒が全体として高度の睡眠障害を形成する。連日連夜、睡眠のたびに患者を襲う高度の“断眠”ストレスは高血圧や虚血性心疾患、脳血管障害などの生活習慣病と密接に関連する一方、睡眠障害に基づく典型的な臨床症状である日中の傾眠や認知能力の低下が交通事故や労働災害の原因となっていることが諸外国における疫学調査で明らかになっている。
 我が国においても7年余りにわたる患者の追跡により、SAS患者の予後が一般人口と比較して明らかに悪いという事実が報告され、人種的・地域的な差を超えて日本人においても深刻な健康被害を与えていることが明らかとなっている。

「確定診断」には終夜睡眠ポリグラフィー検査が必須
SASは基本的に注意深い病歴の聴取と身体診察によって診断可能ではあるが、その確定診断は睡眠呼吸障害を専門とする施設において行う脳波監視を含む終夜睡眠ポリグラフィー検査polysomnography(PSG)により為される。さらに現時点における治療の第一選択は睡眠中に生じる上気道虚脱を、鼻孔を介して陽圧を付与し防止する経鼻持続気道陽圧法 nasal continuous positive airway pressure(nCPAP)である。
 我が国でも診断のためのPSGとともに、治療のためのnCPAPが1998年に健康保険収載され、SASの診断と治療は遅ればせながら認知された形となっている。諸外国を中心とする疫学的研究から、SASは中年男性に好発することが明らかにされているが、その有病率は我が国においても気管支喘息や糖尿病にも匹敵する成人男性の3〜4%と推定され、男女比はおよそ1:3とされるが、閉経後の女性では有病率が男性に近づくことも知られている。
 SASの主要症候は
1)強いイビキ(特に閉塞型では必発)、
2)日中の傾眠あるいは倦怠感(最も重要な臨床症状)、
3)肥満(SAS患者の70%に合併するとされているが、アジア系人種では高度肥満は比較的少なく、顎異常を基盤とし、肥満は必ずしも発症に必須ではない。)
4)高血圧症(SAS自体が肥満や高脂血症などとは独立した危険因子)であるが、実際には表1に示すように多彩な症候がみられる。これらの症状は治療後に初めてSASが原因となっていたことが判明することも少なくない。

  睡眠検査の上で無呼吸apneaは、口および鼻で観測される気流が10秒以上停止することと定義される。また低呼吸hypopneaは換気量が正常の30あるいは50%以下の状態が10秒以上持続する状態と定義されるが、病態的に両者に大きな差はなく、現在では両者を同等に評価し、その頻度を論ずる。名称的にも睡眠時無呼吸低呼吸症候群sleep apnea hypopnea syndrome(SAHS)とするのが一般的となりつつある。健常者でも無呼吸や低呼吸が観察されるが、1時間に5回または一夜に30回以上をもって病的と定義し、1時間あたりの無呼吸低呼吸数を無呼吸低呼吸指数apnea hypopnea index (AHI)と表現する。
 確定診断に当たって、睡眠の分断や深睡眠の欠如を評価するためには脳波による睡眠ステージ(深度)の評価が不可欠である。云うまでもなく終夜脳波検査の実施やその解析作業は煩雑で人的物的な負担が大きい。しかし、この検査を省いてSASの適正な評価はあり得ない。SASは単に呼吸不全であるばかりではなく、重度の睡眠障害であり、この病態を診断・治療することは患者個人の身体的被害のみならず、睡眠障害の結果生じる社会的被害を防止することにもつながるからである。PSGはまた、SASとの合併や鑑別診断の対象となる痙攣性疾患や筋疾患、レストレスレッグ症状群やREM睡眠関連行動異常症候群などの睡眠関連疾患、その他のいわゆる不眠症などを客観的に診断する手段でもある。我が国では簡易型の装置による予備診断が勧められる傾向にあるが、重症でSASの存在が明らかな例は別として、簡易型で無呼吸の存在が否定されてもPSGで診断される例や、逆にSASを疑われても結局は睡眠障害の存在と治療効果の判定にはPSGによる診断が必要となることから、簡易型の装置はあくまで経過観察やPSGが行えない場合の補助診断法と捕らえるべきである。

睡眠呼吸障害をインフォームするために
 ここでは前段で述べたPSG絶対論に対して、ある種の矛盾を孕んだ記述をする必要がある。すなわち、科学的にはPSG絶対であるがPSGを受ける機会を得ることそのものが我が国では制限される。その上に、検査や診断確定までの煩雑な手続きを望むものは少ないため、PSG検査を受ける心理的環境づくりそのものがSAS のインフォームドコンセントと言えなくもない。七面倒な学会基準や疾患の詳細な分類の説明を受けることは、患者にとって苦痛であるばかりか、この疾患の正当な治療を受ける意欲すら削いでしまう可能性がある。このことは患者が自ら進んで事実を把握し、理解に至ること。最終的に自らの病態を受け入れたうえで自主的・継続的に治療を行ってくために重要である。

 SASでは一般に「患者本人が納得できる自覚症状」に乏しい。 仮に自覚症状が存在しても、患者は真の原因ではなく自らが理解しやすく、いわば自己正当化しやすい事象に症状発現の理由を求めようとする。
 例えば、無呼吸によって覚醒しても、排尿のためだと解釈し、納得するためにトイレに通うが、排尿量が少ない矛盾に気がつかない。医師に相談すると前立腺肥大を疑われ、年齢のせいかと納得する。あるいは、いつでもどこでもすぐに眠れることを自ら「寝つきが良い」と表現し、テレビを鑑賞中に寝入ってしまうほどの傾眠傾向であることに気づかない。会議中にいびきをかいてしまい、周囲の嘲笑を察知して浅い眠りから目覚め、自分は決して眠ってはいないと憤慨する。就業中の眠気は年齢による体力の衰えであると解釈し、健康食品やドリンク剤を購入して、結果的にカロリーを過剰摂取して肥満が加速する。それらの行動の本来の理由である「事件」は本人が決して認知しえない、睡眠中に起こっているのである。睡眠中に起こった不快な現象は、夢として記憶されることはあっても、覚醒後に正確に状況を説明することは著しく困難である。PSGなどの検査によって診断が確定した後でさえも、患者本人が「心からの理解」に至るのは容易なことではない。

従って、診療に当たってはいくつかの注意点がある。

 第一に受診した動機が自主的なものか、周囲に強く促されたのかについてそれとなく確認することから始める。仮に自主的に医療機関を訪れたのならば説明と理解、そして同意はそれほど困難ではない。しかし、受診が周囲の要請ならば当の本人にとっては、すでに自尊心を傷つけられ、状況に不信感を抱いている、一方では自らの健康への自身を失い困惑している。この状態で理解の難しい課題を受け入れられる人は稀である。他の状況として、受診そのものは自主的だが、その理由はメディアからの知識や職場での風評といった、多分に周囲の影響を受けたことによる場合であり、この場合も強く促された場合と同様の配慮が必要である。周囲に促された場合、「たかがイビキでなぜ、こんなに大げさなことになったのか」といった印象を持っている。しかし、もちろんイビキがどのようにして生じ、それが基で、どのような健康被害が起こるのかについて、正確に理解していることはまずあり得ない。理解している場合は自主的な受診になるからである。そこで、まず本人の戸惑いと自尊心を棄損されたことに対する共感を示すべきである。その上で、周囲に指摘された症候に関して説明を聞きたいという意志があるかどうかを丁重に問い、「聞いてやってももいいよ」という様子がみられたら、イビキはどこからどのように出てくるかといった内容から説明する。その際、本人について説明するというより、あくまで一般論という姿勢を保つことである。本人の理解が得られたことを確認しながらSASという病態について説明を進めるという手順をとる。

 第二に症候について聴き取りや指摘を行う前に、この疾患が本来活動的な個人を、結果として怠惰で覇気のない人間に見せてしまうことがあることを説明しておくことである。診断にあたって聴取しなければならないSASにおける多くの症候は、「大きなイビキが因で周囲から避けられたり、覇気が無く、怒りっぽく、依存的であり、カロリーの過剰摂取が目立つ。外見的には身体の清潔に無関心なことや肥満がある。」このような人物像はともすれば社会的に批判の対象になりがちな立場にあることが多いため、仮に医師からの説明の中で、身に覚えのある「不快な一致点」を見つけても、本人が頭から否定せずにすむように自尊心に配慮しなければならない。例えば、「会議中に眠くなりますか」という問いに対し、たとえ実際は居眠りの繰り返しでも「いつもいびきをかいて寝てるよ。」と答える患者は存在せず、「つまらない会議では...。」とか「仕事ですから、絶対に眠らないようにしています。」といった反応を示す。また、「眠気は仕事に支障になりますか?」という問には然したる根拠もなく「支障はない。」と答える人が多いであろう。「では、今より眠くなかったらもっと仕事が捗ると思いますか」と聞くと「そう思う」と答える。というように、質問の内容は結果的に同じ意味であっても常に患者の社会的な立場に配慮して用意する必要がある。

 第三に病態の説明にあたり、一方的に症状を列挙して解説するのではなく、類似した症例を示し、本人自らが類似例との一致点を探すよう仕向けることである。その上で、それぞれの症状や所見に解決策や一定の科学的解釈が存在することを示して行くことが重要である。すなわち、一般論として治療が行われた場合の予後と行われなかった場合の危険性について述べ、効果が科学的に証明されていることを説明する。

 第四に診断や治療に長期間を要することを期待するものなどいないという点である。しかし、実際には確定診断検査のためのPSG検査は短期間ながら入院を要し、場合によってはトイレにさえ自由に行くことができない複雑な機器を装着して検査室で夜を過ごす必要がある。そこで、本人が疾患の存在や重要性を否定的に捉えていると判断される場合には、病状を受容してもらう手段として、家庭において実施する「簡易型呼吸モニター検査」を勧める。簡易的モニターはあくまでも確定診断にはならないことを告げた上で、本人に疾患が存在することを確認してもらうことを目的とする。この際、簡易機器はスクリーニング機器であるため、特異度specificityが多少低くても鋭敏度sensitivityが高いものを選択する必要があることは云うまでもない。

 第五に診断確定後の治療について説明する場合、今日標準的に行われているSASの治療、nCPAP療法は患者自らが病態を受け入れ、理解することなしには効果的な継続ができないという点である。従って、医師は現段階でもっとも推奨される治療法がnCPAPであり、減量や外科手術に際してnCPAPによる睡眠状態の改善なしに不用意に行われることが無いよう、また、減量の成功率が50%未満であることや外科療法の効果はnCPAPの有効率80%以上に明らかに劣ることを説明しなければならない。煩雑な上に場合によっては一生涯使用し続ける必要のあるnCPAPは医師自身が否定的になる場合が見受けられる。しかし、視力障害者における眼鏡や、腎機能障害者における血液透析、心機能障害におけるペースメーカーなど、治癒には結びつかないが機能を温存する治療法は枚挙に暇が無い。nCPAPを否定的に捉える医師の心情の基盤には、SASが生命にかかわる疾患であることに対する認識の不足。SASの原因が肥満であるという単純な誤解。SASは呼吸障害である以上に睡眠障害として深刻であり、死亡の原因としての事故死が看過されていることへの理解不足。高血圧等の二次的合併症を本態性と捉えてきたこれまでの医療への誤った自信。nCPAPが生命維持装置と表現される人工呼吸器であるかのごとき印象を有すること。

 対して患者が過剰な期待を抱かないよう十分に配慮しなければならない。口蓋垂口蓋咽頭形成手術uvulo-palato-pharingo-plasty(UPPP)をはじめとする外科療法は十分な手術効果が得られなかった場合に、nCPAPを装着しても良好な効果が得られ難い例が多く、

SDBの大多数は以下に詳述する閉塞型睡眠時無呼吸低呼吸症候群であり、患者の多くは中年以降の男性である。しかしSDB自体は全年齢に分布する疾患であることを念頭におくことが重要である。本邦における正確な有病率は不明であるが少なくとも男性で2%程度、男性と同程度の頻度とされる閉経後の女性を除けば、女性の有病率は一般に低いと考えられている。
 SDBの健康や社会への影響は著しく大きいことが知られているが、大別して1)睡眠中の呼吸障害に基づく合併症の出現と2)呼吸障害に随伴する睡眠障害による社会生活への影響である。1)に関して米国では閉塞型睡眠時無呼吸低呼吸症候群が高血圧症の独立した危険因子として認定された。

○ SDBの分類
American Academy of Sleep Medicine(AASM)によるSDBの分類は表1のごとくである。

表1
閉塞型睡眠時無呼吸低呼吸症候群(OSAHS)
中枢型睡眠時無呼吸低呼吸症候群(CSAHS)
チェーン・ストークス呼吸症候群(CSBS)
睡眠時低換気症候群(SHVS)
AASM task force. Sleep 1999; 22(5),667-689
睡眠中の呼吸イベントが7時間の睡眠中に30回以上みられること。一回の呼吸イベントは10秒以上の持続をもって有意とする。呼吸イベントは3種に分類し、それぞれ表2のごとく定義する。

表2
閉塞型呼吸イベント
◆ 閉塞型睡眠時無呼吸低呼イベント
上気道の閉塞による呼吸の一過性の減弱あるいは完全な消失。睡眠時の安静呼吸に比して50%以上の換気減少。50%に満たないが、3%以上の酸素飽和度の低下または覚醒を伴う低呼吸。
◆ 呼吸努力関連覚醒反応 respiratory effort-related arousal(RERA)
呼吸努力の増加による覚醒反応を伴うイベントがあるが、無呼吸低呼吸の基準を満たさないもの。
◆ 混合型呼吸イベントは閉塞型呼吸イベントの一部と捕らえる。


○ 基本病態と診断基準
 SDBの90%以上を閉塞型睡眠時無呼吸低呼吸症候群 obstructive sleep apnea hypopnea syndrome(OSAHS)が占める。
○ SDBの治療適応
○ SDBの治療法選択
○ SDBの予後

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非侵襲補助換気療法と人工呼吸療法

気管内挿管や調節機械換気が中心であった人工呼吸管理は、近年その様相を大きく変えようとしている。紙面の都合で詳細についての記述は困難だが、マスクを用いで行う非侵襲補助換気NIPPVが急速に普及しているからである。ここではNIPPVを、酸素療法と従来からの呼吸管理法である挿管を前提とした侵襲的人工呼吸法との中間に位置付け、概説する。

□ 人工呼吸療法(気管内挿管下)

【目的】臨床的な目的を列挙すると酸素療法に不応の低酸素血症・急性呼吸性アシドーシス・絶えがたい呼吸困難の是正、呼吸筋疲労・無気肺の防止や改善、痙攣のコントロールや手術、麻酔に際して鎮静と筋弛緩を許容する、心筋梗塞などの急性期において全身および心筋酸素需要量を軽減する。頭蓋内圧の減圧やフレイルチェストの内固定なども重要な目的である。
 
【適応】臨床的には以下のような状況が適応となる[表1]。

挿管下人工呼吸管理の適応(表1)

絶対適応
1) 呼吸停止・不安定な呼吸を伴う意識障害
2) 管理不能な不穏状態で大量の鎮静薬使用
3) 意識混濁かつ脈拍50回以下
4) 血圧70 mmHg以下あるいは循環動態が不安定
相対適応
1) 吸回数35回以上で、進行性の悪化
2) pH7.30未満で進行性あるいは急速な悪化
3) 酸素投与にてもPaO2 45 mmHg以下
4) 精神状態の悪化

【技術:人工呼吸のモード】
現在の呼吸モードの基本はSIMV synchronized intermittent mandatory ventilationである。SIMVは自発呼吸に同期して設定回数だけの強制換気が行われる。さらに自発呼吸には圧補助pressure support PSが付加される場合が多く、SIMV+PSでの管理が基本となる。
強制換気は従量式volume targetedと従圧式pressure targetedがあり、通常は前者である。鎮静中は自発呼吸が少ないため従量式調節呼吸volume limited control ventilation VCVか従圧式調節呼吸pressure limited control ventilation PCVとなる。通常は換気量維持を目標にVCVに、硬い肺では気道内圧の制御が重要であるためPCVを基本とする。自発呼吸を補助するPSは人工換気からの離脱の際にも有用なモードである。
【初期設定】
1)酸素濃度(FIO2) 1.0
2)換気モード SIMV+PS
3)トリガー ?1?2 cmH2O
4)目標換気量 6?7LPM
一回換気量として10(8?12)ml/kg
5)I/E比 1:2 ? 1:3
6)呼吸回数 12(10 ? 20)
7)プレッシャーサポート 換気量10 ml/kgになる圧
8)PEEP 2 cmH2O

【アラーム設定】
1)最大気道内圧 50 cmH2O未満
2)最大分時換気量 設定換気量の1.5倍
3)最小分時換気量 設定換気量の0.5倍

【目標】

FIO2を0.6以下かつPaO2が60mmHg以上(SpO2 90%以上)

初期設定では純酸素で換気し、酸素化能力を評価する。提示した初期設定は肺の硬さが正常で気道抵抗にも異常がない状況を基準としている。バイタルサインを把握し、可能な限り速やかに換気力学モニターを用いて病態を把握する。

□ 非侵襲補助換気療法

【目的】
非侵襲補助換気療法の目的は基本的に人工呼吸と同様であるが、気管内挿管などの侵襲的な気道確保を行わず、鼻あるいは顔マスクにより呼吸補助を行う。
【適応】
 呼吸性アシドーシス(=高二酸化炭素血症)を伴う慢性呼吸不全の急性増悪はNIPPVの最もよい適応である。重篤な感染症や意識障害例は適応にならない[表2]特に自発呼吸がないあるいは不安定な場合は挿管下の人工呼吸に移行する。
【目標】
FIO2を0.6以下かつPaO2が60mmHg以上(SpO2 90%以上)は同様である。しかし、NIPPVは気道確保をあえて行わず、いわばリーク(漏れ)を容認する技術であるため、その目的は呼吸の調節ではなく、補助であることに関する十分な理解が重要である。NIPPVは開始後数時間が不安定な時期であり、初期の管理はベッドサイドで医師がマスクを手で保持しながら行う必要がある。

【技術:バイレベルPAP装置】
NIPPVを目的として開発された機器はフロージェネレータータイプと呼ばれ、基本的にCPAP装置と同様の原理だが、吸気圧と呼気圧を別々に設定することができる。従って、呼気時にはPEEPのように吸気時にはプレッシャーサポートのように作用する。本格的に呼吸管理に用いるためには、最大供給圧が30cmH2O以上で酸素濃度を正確に調節できる性能をもつことが望ましい。

【初期設定】
1)酸素濃度(FIO2) SpO2が90以上を保つように設定
2)換気モード S/Tモード(自発感知および時間換気併用)
3)吸気時陽圧 10 cmH2O
4)呼気時陽圧(PEEP) 4 cmH2O
5)timed back up 回数 12/分

非侵襲換気補助療法の適応(表2)

適 応
1) 吸気補助筋の使用、奇異性呼吸運動といった努力様呼吸を伴う呼吸困難の自覚
2) pH<7.35かつPaCO2>45 mmHgの呼吸性アシドーシス
3) 呼吸数>25/分
除外基準
1) 呼吸停止
2) 循環呼吸不安定
3) 患者の協力が得られない、意識障害
4) 最近の顔面手術、食道および胃の手術
5) 頭部顔面の外傷あるいは火傷
6) 誤嚥の可能性が高い

酸素療法と非侵襲換気補助、人工呼吸療法は互いに別個の技術ではなく、呼吸不全の診療にあたって連続的、有機的に駆使する必要のある技術である。特に非侵襲換気補助療法はCOPDの挿管回避による死亡率の減少や気管支喘息例の気管内挿管回避など具体的な成果が報告されている。これら新しい技術は通常の人工呼吸と比較してどちらが優れているかという視点ではなく、除外基準にあたらない場合には早期に非侵襲換気補助を試み、効果が不安定な場合や無効の場合は定型的な人工呼吸管理に移行する体制が必要である。
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酸素療法と人工呼吸療法

1. 酸素療法
oxygen thrapy

【目的】
酸素療法の目的は、生命の危険を伴う高度の低酸素血症を是正し、組織の酸素化を維持することにある。末梢における酸素需要を満たすためには、酸素投与による動脈血酸素分圧の維持のみでなく、ヘモグロビン濃度に依存する酸素の含量[CaO2(ml/dl)=1.34×Hb(g/dl)×SaO2(%)/100+0.0031×PaO2(mmHg)]、心拍出量に依存する循環の維持が必要である。
【適応】
PaO2が60 mmHg未満あるいはSaO290%未満の呼吸不全は直ちに酸素投与の適応である。また、心拍出量の低下が明らかな心不全状態や心筋梗塞患者、多発外傷等では仮にPaO2が保たれていても酸素投与の適応がある。呼吸不全はPaCO2が45mmHg未満のI型と45mmHg以上の?型に分類されるが、後者では酸素投与が過剰にならない配慮が必要である。いかなる状況においても症状・身体所見や病歴に関して把握することを基本とし、血液ガス分析・酸素飽和度(パルスオキシメトリー)などの客観指標をもって確認する。

1.低酸素血症の症状
判断力の低下、混迷、意識消失、不整脈、血管拡張、血圧低下、
中心性チアノーゼ
2.高二酸化炭素血症の症状
傾眠傾向、縮瞳、乳頭浮腫、頭痛、羽ばたき振戦、発汗、高血圧

【目標】

PaO260以上あるいはSpO290%以上、pH7.35以上

ヘモグロビンの酸素解離曲線から60 mmHgを超えてPaO2を上昇させても酸素含量の増加は僅かである。導入時の酸素流量はPaO260mmHgを超える程度に設定することが望ましい。健常者は3種類の化学的刺激(pHの低下、PaCO2の上昇、PaO2の低下)により呼吸が刺激されている。しかし、結核後遺症患者や重症の肺気腫など慢性?型呼吸不全患者ではpHの低下、PaCO2の上昇に対する感受性が低下している場合がある。ある報告によれば20名の?型呼吸不全患者に15分間100%の酸素を投与したところ、PaCO2は平均23mmHg上昇したという。PaO2が60mmHgを超えると低酸素によるドライブが低下し、呼吸性アシドーシスが悪化する。pH7.3を下回るとショック・不整脈をはじめとする循環代謝障害の頻度が高まる。しかし、一方で酸素投与による二酸化炭素蓄積を恐れるあまり酸素投与を躊躇するようなことがあってはならない。呼吸抑制が起こった場合には適切な換気補助の手段を講じる準備を整え、むしろ積極的に低酸素血症の是正を行うべきである。特に急性呼吸不全では初期から十分な酸素投与を行うべきであり、ナルコ?シスを危惧する必要はない。

【技術:酸素供給システム】
□低流量システム 
患者が吸入する空気の一部を酸素ガスとして供給するシステム。

鼻カニューレ(nasal cannula, nasal prong) 
酸素流量0.5-6LPM 供給酸素濃度24-40%

 最も簡便で一般的な酸素投与システムである。
利点:低流量では快適で、食事や会話を妨げることなく酸素を吸入することができる。
欠点:吸入気の酸素濃度は呼吸パターンや一回換気量などによって大きく変化し、鼻閉や口呼吸の場合には期待した効果が得られない場合がある。安定した呼吸を行っている場合の吸入気酸素濃度はおおよそ、酸素流量1l/分あたり4%程度上昇する。4l以上で長時間使用すると乾燥による鼻腔の障害や疼痛などが現れるため、使用すべきでない。

経鼻カテーテル(nasal catheter)
酸素流量0.5-6LPM 供給酸素濃度24-45%

カテーテルを鼻腔内(咽頭腔)まで直接挿入して酸素を投与するシステム。
利点:咽頭腔自体がリザーバーとして作用し、経鼻カニューレよりも吸入濃度が安定し、やや高い吸入酸素濃度が得られる。低流量では快適で、食事や会話を妨げることなく酸素を吸入することができる。
欠点:鼻腔や咽頭の不快感がある。乾燥による粘膜障害や分泌物によるカテーテルの閉塞を生じやすい。安定した呼吸を行っている場合の吸入気酸素濃度はおおよそ、酸素流量1l/分あたり4%程度上昇する。4l以上で長時間使用すると乾燥による粘膜障害が現れるため、高流量ではなるべく使用しない。

リザーバー付き鼻カニューレ(nasal catheter)
酸素流量1-5 LPM 供給酸素濃度24-45%

リザーバー(酸素溜り)を併用することにより鼻カニューレで高濃度酸素吸入を可能にする器具。慢性的に高濃度・高流量酸素吸入が必要な対象に適している。
利点:比較的簡便なシステムであり、基本的に鼻カニューレと同様の特徴を有する。低流量で、より高濃度の酸素供給が可能。
欠点:単純なカニューレに比べて大型で高価。高濃度酸素供給よりも酸素供給量の節減が主目的。

単純(顔)マスク(simple mask、simple oxygen face mask)
酸素流量5-10LPM 供給酸素濃度35-50%

経鼻カニューレと共に最も簡便で一般的な酸素供給システムである。供給可能な酸素濃度は基本的に経鼻カニューレとほぼ同様である。
利点:比較的高流量でも快適。単純な構造で価格も安い。口呼吸でも安定した酸素濃度が得られる。
欠点:顔面を広く覆うため食事や会話に支障があり、閉塞感を感じる場合がある。鼻カニューレに比べて大量の酸素供給が必要である。

部分再呼吸型(顔)マスク(partial re-breathing mask、リザーバーマスク)
酸素流量6-15LPM 供給酸素濃度50-70%

単純マスクにリザーバーを装着した酸素供給システムである。リザーバー内には呼気の一部が戻り、従って部分的に再呼吸するためこの名が付けられている。
利点:比較的単純な構造でシンプルマスクと同等の利点を有し、室内気よりも酸素濃度の高いリザーバー内の空気を再呼吸するため、同一流量ではシンプルマスクよりも高い吸入酸素濃度が得られる。航空機の客室に備えられているものとほぼ同じものである。
欠点:換気状態により吸入酸素濃度が大きく変化する。再呼吸するため比較的大量の酸素供給が必要である。次に記す非再呼吸型マスクと外見が非常に類似しているので混同しないこと。

非再呼吸型(顔)マスク(non-rebreathing mask、一方向弁付きリザーバーマスク)
酸素流量6-15LPM 供給酸素濃度50-90%

部分再呼吸型(顔)マスクに加えてリザーバー内に呼気が逆流しないように一方向弁を取り付けると共に、マスク自体の穴にも室内気が流入しにくいようにフラップ弁を装着した酸素供給システムである。リザーバーは常に膨らんだ状態で吸気時に僅かに小さくなる程度に流量を調節する。
利点:リザーバー内は常に純酸素で満たされ、再呼吸しないため、同一流量ではシンプルマスクよりも高い吸入酸素濃度が得られる。
欠点:ほぼ全吸気量を回路から供給するので換気状態により吸入酸素濃度が変化する。マスクのフィッティングが悪いと室内気が流入して濃度が著しく低下する。非再呼吸型マスクと外見が非常に類似しているので混同しないこと。マスクによる閉塞感は最も大きい。

□高流量システム
患者が吸入する基本的に全ての空気と酸素を機器から供給するシステム。

ベンチュリー・マスク(Venturi mask、Venturi tracheal mask)
酸素流量4-12LPM(機器に依存) 供給酸素濃度24-50%

濃度ごとに色分けされた規定のノズルから一定流量の酸素が噴出するとき、ジェット流の周辺に一定の陰圧が生じるベンチュリー効果によって、流量が一定なら常に一定量の室内気が混合され、酸素と室内気の混合比が一定となる。24%では室内気/酸素比は25/1、60%では1/1となる。顔マスクや気管切開用マスクなど種々の形態があり、回路内にネブライザーを介在させることも可能。供給酸素濃度は酸素流量とノズル両者により規定されるため、一方のみを変更しても適切な濃度にならないことに注意する。
利点:大量かつ安定した濃度の酸素供給が可能。仮に患者の換気量が減少しても酸素濃度が必要以上に上昇するようなことがない。
欠点:ベンチュリープラグが容易に閉塞する。流量設定を誤ると濃度が大きく変動。濃度に関わらず比較的大量の酸素供給が必要であり、移動や携帯に適さない。濃度変更のために多種類のプラグを用意する必要がある。(可変式の器具も市販されている)

ベンチュリー式ネブライザー(InspironTM type neblizer、Air entrainment neblizer)
酸素流量8-12LPM(機器に依存) 供給酸素濃度24-100%

大容量の加温加湿器にベンチュリーシステムの室内気混合装置をつけたものである。プラグを変更する代わりに室内気の流入孔をスリット型とし、その幅を調節することで一定の空気が混合される方式を採用している。回路の中間にリザーバーや水受けをつけることもできる。
利点:加湿機能を有するため、大量かつ安定した濃度の酸素供給が可能。比較的高濃度の酸素供給が可能。
欠点:流量設定を誤ると濃度が大きく変動する。濃度に関わらず比較的大量の酸素供給が必要。経済性はやや劣る。

【手順】
慢性呼吸不全の急性増悪患者では鼻カニューレ1LPM(24%程度)から、I型急性呼吸不全では3LPM(35%程度)から開始する(余裕があれば開始前に室内気で血液ガス分析を行う)。少なくともSpO2モニターを同時に開始して90%を目標に流量を増減する。
鼻カニューレで酸素流量が5LPMに達しても90%を維持できない場合は、直ちに非再呼吸型マスク(リザーバー付きマスク)に変更する。
I型急性呼吸不全例で非再呼吸型マスクではSpO2 90%を維持できない場合は人工呼吸管理に移行する。II型慢性呼吸不全の場合はマスクによる非侵襲的換気補助(NIPPV)を考慮する。
【副作用と禁忌】酸素投与量は常に必要最小限にとどめるべきことは言うまでもないが、酸素による肺障害はFIO2 0.5以上で著しく、吸入時間と気圧(分圧)に依存する。しかし、急性期に酸素による肺障害を意識する必要があるのはパラコート中毒のように活性酸素産生を助長する場合や長期高濃度投与を要する場合である。
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