Complete text -- "Q: ステロイド不応の閉塞性障害、いかに解釈すべきか?"

11 August

Q: ステロイド不応の閉塞性障害、いかに解釈すべきか?

病 歴
 症例:宮● 諒 62歳 男性  元鉱山勤務・砕石業
 数年前から喘鳴と慢性の咳を認め、近医で気管支炎として抗生剤の投与を受けるも軽快せず、喘鳴と呼吸困難を主訴に某総合病院に紹介となる。某病院では気管支喘息と診断され、ベクロメサゾン800μg/dayの吸入療法やプレドニンの内服療法を受けたが、症状が遷延するため岩手医大紹介となる。経過中、明らかな発熱・血痰・胸痛は無く、胸部写真でも異常は指摘されなかった。来院後に施行した肺機能検査成績は別表のごとくであった。

肺機能検査および動脈血ガス分析データの読み方

表1 肺機能検査成績

 1)スパイロメトリー
   VC(L) 3.75
   FVC(L) 2.89
   %VC(%) 112.6
%FVC(%) 86.8
FEV1.0(L) 1.07→1.02(気管支拡張薬吸入後)
FEV1.0%(%) 37.0
FEV1.0/VCp(%)32.0
2)フローボリウム曲線
Vpeak (L/sec) 2.03
V50(L/sec) 1.00
V25(L/sec) 0.46
V50/V25 2.17
3)肺気量分画(プレチスモグラフ法)
TLC(L) 5.57
%TLC(%) 95.6
RV(L) 1.82
%RV(%) 83.7
RV/TLC (%) 32.7
4)換気力学
Raw(cmH2O/L/sec) 1.44
Raw-i(cmH2O/L/sec) 1.94
Raw-e(cmH2O/L/sec) 1.00
SGaw(L/sec/ cmH2O) 0.18
安静呼吸法による。
5)肺拡散能
DLco(ml/min/mmHg) 28.0
% DLco(%) 162.8
DLco/VA(ml/min/mmHg/L)6.03 (130%)

6)血液ガス分析
PH 7.40
PaCO2(mmHg)41.0
PaO2(mmHg) 92.0
HCO3- 24.0
A-aDO2(mmHg)≒ 7
7)呼気中NO濃度測定
10 ppb以下 (正常)
この患者の肺機能検査データの読み方
 スパイログラムでは肺活量(VC)は3.75L、予測値の112%と正常であるが努力肺活量(FVC)との差が著しく、閉塞性障害の存在が疑われる。1秒量(FEV1.0)は1.07Lと低値で、1秒率は37%と高度の閉塞性換気障害が認められます。なお1秒量や努力肺活量はβ刺激薬による可逆性試験でも殆ど変化を認めない。
 フローボリウム曲線でもピークフローおよび全肺気量位におけるフローが低下している。しかし、V50/V25はピークフローの低下が著しいため、2.17と見かけ上、正常値を示している。また、呼出曲線が細かく振動して鋸歯状を呈している。閉塞性の著しさに対して肺活量の低下が全く見られない。
 肺気量分画では全肺気量(TLC)、残気量(RV)ともに大きな異常はなく、閉塞性障害に対して矛盾する所見である。
 体プレチスモグラフ法による安静呼吸での気道抵抗測定では気道抵抗値(Raw)および気道抵抗に対する肺気量の影響を除外できる特異的気道コンダクタンス(SGaw)はともに正常範囲である。気道抵抗の吸気呼気の差もほとんど無い。
 肺気量あたりの肺拡散能力(DLco/VA)も正常範囲である。動脈血ガス分析にも異常は見られない。

胸部X線写真(図1)と胸部CT像(図2)および気管支鏡検査所見(図3-1、3-2)

 胸部X線写真では肺野に特に異常を認めないが、気管の透亮像は幅が狭く側面写真でも前後幅が小さい。CTでは肺野に陳旧性の炎症性病変を認めるものの気腫化や線維化を認めない。
解 説
 本症例の呼吸機能上の特徴は、一見可逆的な閉塞性障害である。患者は喘鳴を伴う咳嗽発作を主訴としており症状は出現と軽快を繰り返している。職業歴を考慮すれば、まず塵肺症を基盤とした気管支喘息あるいは慢性肺気腫を疑うのが妥当である。しかし、呼吸機能所見を進めていくとβ刺激薬による可逆性試験は陰性で、気道炎症の指標とされる呼気中一酸化窒素濃度も正常範囲。臨床的にも気管支拡張薬や吸入ステロイド薬は無効であり、この点は気管支喘息と異なる。残気量の増加や拡散能の異常も無く、安静呼吸中の気道抵抗は正常であり、フローボリウム曲線で特徴的な鋸歯状の下行脚が見られる。患者は最終的に経口ステロイド薬の投与を受けたが病状は全く改善せず、咳嗽や息切れなどの症状は不変で、検査当日にも同様の症状が持続していた。
 本病態は喘息のような気道炎症所見を欠き、強制呼出による気道の虚脱(dynamic compression)を主体とする疾患と考えることができる。強制呼出における気道虚脱は高度の慢性肺気腫でも見られるが、本症例は画像診断においても気腫化は否定的である。
 気管気管支の脆弱性、易虚脱性をしめす疾患として鑑別すべきは気管気管支軟化症(tracheobronchomalacia)、気管気管支巨大症(trachobronchomegary)、再発性多発性軟骨炎(relapsing polychondritis)などがある。前二者は結核やその他の激しい慢性咳嗽性疾患に続発する場合もあるが、基本的に原因不明である。後者は軟骨に対する自己免疫疾患と考えられている。いずれも稀な病態では有るが、気管支喘息や肺気腫との鑑別が困難な場合があり、鑑別疾患として念頭に置くべき病態である。本例はCTにて気管気管支の拡張は見られず、耳介や鼻等の軟骨炎も証明されないことから気管気管支軟化症と診断した。現在患者はステロイド薬を中止し、鎮咳薬等による対症療法で小康を得ている。
04:40:25 | silentsleep | | TrackBacks
Comments
コメントがありません
Add Comments
:

:

トラックバック