Complete text -- "演題:睡眠呼吸障害診療における生理検査の役割"

11 August

演題:睡眠呼吸障害診療における生理検査の役割

日本臨床検査学会総会(福岡)2005
抄録本文:
【緒言】
睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Hypopnea Syndrome: SASまたはSAHS)はJR西日本で起こった新幹線運転士の居眠り事故の原因病態として記憶に新しい。SASは睡眠障害(Sleep Deprivation)あるいは睡眠呼吸障害(Sleep Disordered Breathing:SDB)という広い疾患概念の一部であり、睡眠中の呼吸障害と、その呼吸異常に起因する睡眠自体の障害が共存する病態である。睡眠が人間の基本的な生理機能であることは論を待たず、睡眠のために費やされる時間は生涯の3分の1を占めるともいわれているにもかかわらず、一部の先駆的研究を除き、医学あるいは医療の分野では軽視されてきた分野といえよう。これまで、SASの捉え方にもその影響が色濃く、呼吸障害の側面にのみ関心が集まる傾向があり、その傾向は呼吸器科や循環器科で顕著である。
種々のSDBの中で、ここではまずSASに重点を置き、その病態と診断、さらに検査の実際について述べ、生理検査実施上の課題についても触れたい。
【SASの病態】
教科書的にはSASといえばピックウィック症候群(Pickwickian syndrome)があまりに有名であり、肥満と傾眠そして右心不全というステレオタイプが作られてきた。しかし、「睡眠呼吸障害は肥満者の病気であり、体重の減少により容易に治癒する」と考えることが誤りであることを、今日では多くの人々が知っている。SASの病状は軽症例から超重症例まで著しく広い分布を示し、典型例のように解剖学的異常のみで論議できるほど単純な病態ではないからである。SASの中で最も頻度の高い閉塞型無呼吸症候群(obstructive sleep apnea syndorome:OSAS)は睡眠の深さに依存して起こる上気道の不安定性を背景とする病態である。すなわち、睡眠によって上気道の開存を維持する筋群の弛緩が生じるとともに、吸気筋の活動によって生じた胸腔内圧の変化、ひいては気道内の陰圧化により上気道が容易に虚脱する。虚脱によって空気の流入が妨げられる結果、通常は反射的に緊張して上気道内腔を維持すべき上気道筋が陰圧に抗することが出来ず、吸気努力のみが持続し胸腔内圧は低下し続ける。この際、吸気努力が中枢の短期覚醒を引き起こす。短時間に繰り返し生じる気流の途絶によって低酸素血症が生じるのはいうまでも無いが、繰り返す覚醒反応が交感神経の持続的かつ過剰な緊張を生じる。このような現象が連日連夜の睡眠中に繰り返すうち、カテコラミンの過剰を経て高血圧や不整脈を伴う。さらに、過剰な胸腔内の陰圧は前負荷を増大させて心負荷を増大させ、一方では心室壁の収縮を阻害し心拍出量を減少させる。今日では、これらの血行動態や換気力学的な異常に加えて、全身の炎症性サイトカイン(インターロイキン、CRP、TGF、VGEF)や神経内分泌(Leptin、Orexin、Adiponectin)までもが異常を示すという証拠が次々に明らかにされている。SASは単に睡眠中の呼吸異常というのみでなく、全身性的な生理調節を阻害する重篤な病態であるといえる。
【SASの診断】
使い古された表現ではあるがSASの診断は、まずその存在を疑うことにはじまる。上述のごとく、多彩な病態が直ちにSASに起因するとは一般に認識されにくいため、診断以前のSAS患者は医療機関を訪れていても、催眠薬(睡眠薬・精神安定薬)、降圧薬、利尿薬、冠拡張薬といった対症療法薬が投与されている。不幸にして、これらの対症療法はSASを改善させないばかりか、時には状態を悪化させることさえある。このように多くの患者はすでに医師による診察の機会を得ており、合併症に対する投薬まで行われている。ではなぜSASそのものの診断に至らないのか、今後はそのことを真剣に考える必要がある。
第一にSDBは原因となる呼吸の異常が、もっぱら睡眠中(無意識下)に生じることから、覚醒状態(意識下)の患者自身の自覚症状や覚醒中の臨床検査所見には、病態のごく一部が間接的症状として反映されるのみであり、生理検査、生化学検査といった検査のカテゴリーに関わらず、覚醒中の検査のみでは睡眠中の病態をつぶさに把握することは困難なのである。これがSASの診療では睡眠中の観察(検査)が不可欠な所以である。
第二にSDBにより生じる二次的健康障害が表【臨床症状の表】のごとく多岐にわたることによる。なかでもSDB患者においては心循環器疾患や脳血管障害の発生頻度【文献1】が高いことが統計的に明らかにされており、循環器的症状に注目が必要である。最終的には睡眠と呼吸の両面から生理学的診断が求められる。一方でSAS発症の誘引となる肥満や顎顔面の骨格異常、神経筋疾患や肝腎障害などの臨床症状は、どの部分が基礎疾患に由来し、どの部分が睡眠呼吸障害によるものかの判断に迷うことも少なくない。自覚症状としての不眠、日中の眠気や倦怠感、他覚的なものとして高血圧や心不全症状、狭心症や不整脈というように「ありふれた症状」の組み合わせも診断を困難にしている。
【たかがいびき、されどいびき】
SDBの疑いがある患者の確定診断は最終的にポリソムノグラフpolysomnograph : PSGを用いた終夜検査によりなされる。PSGとは睡眠中の生理学的指標を同時記録するものである。PSGに含まれる検査としては表に示す項目【厚生省の診断方法表】が挙げられ、特に睡眠脳波は睡眠ステージの解析と睡眠中の痙攣性疾患や他の原因による不眠を評価するために必須の検査項目である。厚生省は先に表【厚生省の診断基準表】のごとく、本疾患の暫定的診断指針および治療開始基準を示しているが、平成9年4月にはSDB特に閉塞型睡眠時無呼吸症候群obstructive sleep apnea syndrome : OSASの第一選択治療法として睡眠時の持続陽圧呼吸療法continuous positive pressure : CPAPを健保収載するとともに、保険適応基準【厚生省の適応基準表】では脳波検査を必須の項目としている。検査結果を医師自らが解析する場面を考えると一般内科医にとっては睡眠脳波や睡眠中の筋電図を正確な評価にはかなりの困難が伴う。他方、睡眠状態の評価に明るい精神科医や神経内科医にとって呼吸状態の詳細な評価は専門外と映るであろう。従って、終夜PSG検査を専門に行い基本的な解析を専門とする検査員(ポリソムノグラファー:polysomnograph technician :PSGT)の養成が急務である。この分野で最も進歩しているアメリカでは米国睡眠学会ASDAを中心に詳細な診断と治療のための各種ガイドライン【文献】が出版され、専門検査技師の養成も盛んに行われている。さらに、ガイドラインには診断のための施設基準まで詳細に記述されている。残念ながら我が国には同様の基準がまだ存在せず、多くの施設が独自の基準により、それぞれが可能なレベルで応急的な検査と診療が行われているに状況である。


 日中に行われる生理学的診断検査の役割は限定的と述べたが、。上気道の動的特性を反映するフローボリウム曲線などの換気力学的検査や心電図などの循環機能検査、動脈血のガス分析などがある。
 現在、睡眠呼吸障害診断法のゴールデン・スタンダードは睡眠ポリグラフ(PSG:polysomnograph)である。PSGは就寝中に複数の生理検査を同時に行い、複数の生理パラメーターの病態生理学的関連性を時系列的に推定する検査法であるが、画像診断や生化学的検査に慣れきった現代の医療現場では、その煩雑さ故に検査自体の普及が立ち遅れている。しかし、如何に煩雑であっても、その方法でなくては得ることが困難な診断情報が存在する以上、現段階ではこの臨床検査を省くことは適切でない。
 睡眠呼吸障害の簡易診断検査として一般的な就寝中の酸素飽和度測定検査はPSGの十数項目にわたる指標のうちの1パラメーターに過ぎず、この方法のみによるスクリーニングは、酸素飽和度が障害される特定の疾患を診断する場合に有用であっても、数ある睡眠関連の疾患を評価することができず、結果的に不完全な診断と治療方針を導く可能性を秘めている。
 標準的なPSGでは脳波、筋電図(オトガイと下肢)、心電図、酸素飽和度、口鼻気流、胸腹壁運動、呼吸音、睡眠姿勢、食道内圧など13から15項目の記録を就寝中の8時間にわたって連続測定するが、なぜこのように多様で煩雑なパラメーターが必要かについて理解を深める必要がある。人々の眠りは就寝時間=睡眠時間としうるほど単純ではない。睡眠は深さと持続時間の関数であり、短時間でも熟睡する場合や長時間でも十分な睡眠深度が得られないなど、就寝し、意識を失っていることがすなわち正常な睡眠ではないため、睡眠中の現象をとらえる場合には脳波をモニターしながら評価しない限り適切な評価は行いえないのである。その意味でPSGにおける脳波測定は信頼に足る睡眠検査に不可欠の要素である。さらに、夢を見ている状態として知られるREM睡眠では全身の骨格筋が弛緩し、呼吸と循環は覚醒時やより深い睡眠と比較して、より不安定な状態となる。そこで、全く正常な被験者においても無呼吸や不整脈などを認めることが少なくない。逆にREM睡眠期において骨格筋の弛緩がみられない状況も観察され、夢の内容が現実の動作となることがある。いわゆるREM関連行動異常症候群である。筋電図はこれらの現象がREM期に生じているか、あるいは異なる病態かを教えてくれる。さらに筋電図は上気道の安定性を表現し、上気道開存筋群の活動度が評価できる。また、下肢筋の律動的な収縮によって脳波上の覚醒反応が見られれば、周期性四肢運動障害を疑う。呼吸や循環系の指標からは低酸素血症や不整脈の原因が推定できる。このように、単に低酸素血症が生じなければ健康に支障がないという単純な発想では睡眠関連疾患の評価が出来ないのである。
 睡眠呼吸障害の典型である睡眠時無呼吸症候群が社会に広く認知され、個人の健康はもとより、交通事故や労働災害を介して社会生活に大きな影響を与える可能性のある症候群であることが明らかとなっている現在、睡眠呼吸障害の確定診断検査として欠くことのできない睡眠時の生理検査は益々その役割を増すものと考えられる。

05:11:22 | silentsleep | | TrackBacks
Comments

jfCernmNmbHzG wrote:

You
07/13/11 03:15:32

cQfJKTsr wrote:

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07/14/11 02:14:06
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