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24 August
呼吸管理における肺機能モニター
要約肺機能モニターは呼吸メカニクスを監視する技術である。呼吸メカニクスという用語は基本的に呼吸器系における各種の「抵抗」を評価するための概念である。抵抗の変化は画像診断や血液検査では把握しにくい肺の状態をより直接的に表現し,これらのデータを連続的にモニターできれば現在進行中の病状を定量的に把握できるため,補助呼吸の必要度評価や人工呼吸器からの離脱の際に有用な情報を提供する。
肺機能モニターは画像診断に比べて直感的具体性に乏しく抽象的な指標が多いが、人工呼吸器の発達により容易に肺機能の定量的評価が可能であり,加えてモニター機器のグラフィック機能の充実で直感的な判断も可能な点で機能診断における血液・画像検査の限界を補完する重要な技術である。
ここでは主にメカニクス関連モニターと呼気炭酸ガスモニターについて述べる。呼吸管理中の肺機能モニターは呼吸メカニクス(Respiratory Mechanics)の解釈を介して行われるが,人工呼吸中は患者と人工呼吸器が一つの呼吸システムを形成しているため呼吸生理学の教科書でいうそれとは若干異なる。肺機能モニターは一回の絶対値よりも経時的データの収集が重要である。データの解釈には呼吸生理学的な基礎知識が必須だが,呼吸管理中の肺機能モニタリングが特殊な技術であった時代は終わり,より一般的な医療環境で積極的に応用される時代が訪れている。
短縮表題:呼吸管理と肺機能モニター
キーワード:呼吸管理・肺機能モニター・人工呼吸・一回呼出炭酸ガスモニター
掲載欄:解説(臨床)
テーマ:呼吸管理における肺機能モニター
専門度または難易度:A〜B
岩手医科大学医学部内科学第三講座
Third Department of Internal Medicine, Iwate Medical University, School of Medicine.
講師
櫻井 滋
Shigeru Sakurai
はじめに
肺機能モニターは呼吸メカニクスを連続的に監視する医療技術である。メカニクスは呼吸器系における各種の「抵抗」を間接あるいは直接的に評価するための概念である。ただし、人工呼吸中の患者と人工呼吸器は呼吸回路により一つの呼吸システムを形成しているため,呼吸生理学の教科書でいうメカニクスとは少し異なる。抵抗は弾性抵抗(elastic resistance = compliance)とそれ以外が区別され(表 1),患者の呼吸システムが示す機械的特性(メカニクス)を表している。生体はこの機械的特性すなわち抵抗に抗して,呼吸筋により呼吸システムを動作させ,換気し,ガスを交換している。
呼吸筋機能を初めとする患者の換気予備能力は自発呼吸中の一回換気量(VT)や呼吸数(f)といった指標,肺活量(VC)や最大吸気陰圧(maximum inspiratory pressure : MIP)の測定により評価できる。
これらのデータを連続的にモニターできれば,肺や気道に生じている現在進行中の病状を定量的に把握でき,補助呼吸の必要度評価や人工呼吸器からの離脱の際の有用な情報を提供する。
肺機能モニター技術が臨床の場で十分に活用されるためには,その方法が必要最小限の測定精度と測定値の再現性を有すると同時に,侵襲性が低く簡便な必要がある。ここでは近年,人工呼吸器の標準的装備品となりつつあるメカニクス関連モニターと呼気炭酸ガスモニターについて述べる。
表 1
従来型の人工呼吸器では呼吸回路の内圧を表示する簡易なマノメーターを装備する程度であり,初期には呼気ガスをベロー内に集めて換気量を測定するものを備える程度であった。一方,今日の人工呼吸器はマイクロプロセッサを内蔵し高性能な圧力・流量・ガス濃度などの精密なセンサーを装備する。ここではこれらモニタリング機器を装備した現代的なベンチレーターの使用を前提に呼吸メカニクスモニターに関する事項を中心に可能なかぎり平易に解説する事を目的とする。
コンプライアンスと抵抗(ComplianceとResistance)
患者と人工呼吸器を一つの呼吸システム(patient-ventilator system)として考えると,システムコンプライアンス(system compliance)と吸気抵抗(inspiratory resistance)の推定は肺疾患の定量的評価のために重要である。システムコンプライアンスは加えた圧力に対する人工呼吸器回路と肺胸郭総体の「膨らみやすさ」,吸気抵抗は「吸入気の流れに対する抵抗」を表現する概念である。従って,人工呼吸中はすべての患者においてコンプライアンスと抵抗を測定すべきである。ただし,吸気抵抗はシステムのおおよその抵抗を表現するに過ぎず気管内チューブや呼吸回路などの人工気道が大きく影響するため,加えた治療に対する効果を評価する際には後に述べる呼気抵抗(expiratory resistanece)がより有用である。
人工呼吸中の患者が呼吸努力を全く行っていない場合,人工呼吸器の換気量表示と気道内圧表示の読みから,おおまかなコンプライアンスを推定することができる。患者の呼吸努力が存在しない状態とは,鎮静薬と筋弛緩薬により全身麻酔状態で完全調節呼吸が行われている場合が典型的である。しかし,患者が人工呼吸器に完全に適応している状態は完全筋弛緩状態ではなくともコンプライアンスの推定は可能である。もちろん,このような方法で得られた値は通常の肺機能検査によって得られる結果とは必ずしも一致しないが,同一患者における経時的な測定値の変化は弾性抵抗(elastic resistance)と非弾性抵抗(non-elastic resistance)の変化をよく表現する。抵抗の総和はインピーダンスという用語で表現され,概念的には電気回路のそれと同じである。同一条件で調節呼吸が行われている際には人工呼吸器の回路内圧波形の各部分は以下の抵抗変化を反映する。ここで,プラトー圧は最大肺胞内圧を反映するもの仮定すると以下の1〜3それぞれの抵抗変化が圧波形に影響する。
1) 吸気最大気道内圧
(peak inspiratory pressure ;PIP)⇒システムインピーダンス(弾性+粘性+慣性抵抗)
2) プラトー圧
(plateau pressure ;Pplat)⇒システムコンプライアンス(弾性抵抗)
3) PIP ―プラトー圧 ⇒システムレジスタンス(粘性抵抗)
実効コンプライアンスの測定(Effective static compliance)
人工呼吸中のコンプライアンスは体外から加えた圧力により,どの程度肺・胸郭が膨らむかを示す指標であるから測定には実効一回換気量(呼気一回呼気量)と吸気終末に回路内の気流が一瞬,停止した状態における気道内圧またはプラトー圧を読み取る必要がある。得られた値を実効コンプライアンス(effective static compliance)と呼ぶ。ベンチレーターによっては吸気終末に回路を閉鎖し換気を停止できる「ホールド(inspiratory-hold)機能」を備える機種があり測定に便利である。なお,PEEPを付加している場合には次のように吸気プラトー圧から設定PEEP圧を差し引く必要がある。
実効コンプライアンス=実効一回換気量/(プラトー圧―PEEP)
肺の病状以外にコンプライアンスを変化させる要因がないと仮定すれば,得られた実効コンプライアンス値により肺に生じている病態を定量的に評価する事ができる。正常者の総胸郭コンプライアンスは60〜100 ml/cmH2O68とされ,低下がみられれば胸郭自体の拘束性病態および換気されている肺葉・肺区域の減少を表現する。前者は広範な熱傷瘢痕など,後者では肺葉切除・気管支挿管・気胸・無気肺・肺水腫などが考えられる。ARDSなど重篤な肺障害では病状の改善に呼応してコンプライアンス値の上昇(正常化)が観察される。
ダイナミックコンプライアンス(Effective Dynamic Compliance;Cdyn)
ダイナミックコンプライアンスは人工呼吸器から供給された気量(設定一回換気量)を最大気道内圧(peak inspiratory pressure;PIP)で除した値である。この場合も設定PEEP圧をPIPから差し引く必要がある。
ダイナミックコンプライアンス=一回換気量/(PIP―PEEP)
圧―量曲線(pressure-volume curve;P-V曲線)が表示可能な場合には気流の停止している2点,すなわち吸気の開始点と呼気の開始点を結ぶ直線の傾きがCdynを表現する(図1)。図では直線CがX軸に近づくほどCdynが低いことになる。その際,PEEPおよび内因性PEEPを考慮して評価する。
図 1 図中の気流の無い2点を結ぶ線の傾きがCdynを表す
正常者の有効ダイナミックコンプライアンスは流量50〜80 L/min の換気条件で50〜80 ml/cmH2Oとされ,これには肺・胸郭のコンプライアンス以外に気道抵抗(Raw)成分を含んでいるため,数値の低下は肺胸郭の疾患に加えて気道抵抗が上昇する病態を疑う。具体的には気道攣縮・回路の屈曲・分泌物による閉塞などが考えられる。
気道抵抗測定(airway resistance;Raw)
気道内圧(airway pressure:単位cmH2O)と気流速(フローairflow:単位L/sec)のトレース(pressure-flow curve;P-F曲線)からは簡易的に気道抵抗を推定する事ができる。気道抵抗は気道内に1L/secの気流を生じるために必要なその時の駆動圧であり,圧力をフローで除した値でcmH2O/L/secで表現される。理論的には吸気および呼気の各抵抗が別個に存在するが,実際的には肺胞内圧の推定が困難であるため,人工呼吸中の推定は呼気開始時の気道内圧を呼気時の最大流速で除した値を用いる。
図 2 呼気開始時の気道内圧を呼気時の最大流速で除した値を用い,P-F曲線の傾きにあたる。
気道抵抗は後述のP-V曲線や前述のF-V曲線からも推定できる。臨床的には気道攣縮の程度判定や分泌物の貯留状態の監視,気管支拡張薬の効果判定に有用である。
フローおよび気道内圧変化のモニター(Flow and Pressure tracing)
人工呼吸中の気道内圧変化とフローのモニタリングは最も基本的な項目で,
フローと圧変化パターン(図3)の監視によって人工呼吸と自発呼吸の区別や最大呼気流速(peak expiratory flow;PEF)の把握が容易に可能であり,これら瞬時瞬時のフローを積分することにより換気量が得られるためモニタリングに用いる指標も一回換気量(tidal volume;VT),分時換気量(minute ventilation;VE)などが用いられる。人工呼吸器側で設定した換気条件が確実に提供され,適切な換気が維持されているかどうかを監視する事が目的である。また,これらのモニター結果から最高気道内圧(peak inspiratory pressure;PIP),プラトー圧(plateau pressure;PP),呼気終末陽圧(positive end expiratory pressure;PEEP)が得られ,時間経過との関係を表示する事により平均気道内圧(mean airway pressure;MAP),呼吸数(respiratory rate;RRまたはrespiratory frequency;f)や分時換気量も把握できる。
図 3
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